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遺物の材質および技法

遺物は産地について調べる前に材料を知ることが不可欠です。

土器は、良質の粘土と砂などの混和材が基本材料です。これらの材料を調べることは土器づくりを考える上で重要です。

粘土の種類は含まれる珪藻化石や骨針化石により具体的な種類がわかる場合があります(含まれる砂粒内の破壊構造から断層粘土を区別することができます)
topic 1 「生駒西麓産の縄文土器の胎土材料 」

赤色顔料はベンガラ、水銀朱が一般的に使われていましたが、そのいずれであるかを明らかにすることができます。

金属製品、ガラス製品、漆製品の塗り、陶磁器の釉薬や顔料などの材料を調べることによって、これら製作に関わる技法の考察を可能にします。

石材同定は肉眼の他、蛍光X線によるマッチングでより正確に非破壊で同定することができます。

器付着物は塩の残留物であることがあり、珪藻の種類を調べることによって、塩の証拠を明らかにすることができます。
topic 2 「塩が入っていた!」

土器胎土分析薄片法
波長分散型蛍光X線分析法
漆・有機物分析 顕微赤外分光分析法(FT-IR分析)
EPMA分析
顔料分析蛍光X線分析またはEPMA分析
X線回折分析
石器の石材同定肉眼および蛍光X線分析法
遺物分析折法X線分析顕微鏡による元素マッピング法
マイクロスコープ法
X線回折法 詳細案内は準備中
EPMA分析
珪藻分析詳細案内は準備中

 topic1

生駒西嶺(東大阪)産の縄文土器の胎土材料
-断層内物質の可能性-

藤根 久・小坂和夫(1997)
第四紀研究(The Quaternary Research),36(1),55-62.

摘要から

生駒山地西麓地域(東大阪市河内地域)から産出する縄文時代後期および晩期の土器の中には、その胎土が暗褐色~茶褐色を呈し、角閃石類を多量に含むという特徴を有する土器群があることが知られている。これらの特徴を有する土器は、"河内の土器"と一般的に呼称されており、他地域の土器とはもちろん、この地域のほかの土器とも容易に識別される。
これらの土器について、土器薄片を作成し、偏光顕微鏡下において観察と記載とを行った。その結果、(1)これらの胎土中の粒子の大きさ分布は5から250の範囲で、破砕物が一般的に示すフラクタル性(則)を有すること、(2)粘土の質・量とも断層内物質の一般的特徴を有すること、(3)粘土は一般的に用いられていたものとは異なり、接着性が非常に高い特異なものであることが明らかになった。さらに、鉱物・岩石片からなる粒子には、破片状の尖った外形を呈するものが多く、断層岩に特徴的な粒内微小断層や微角れき状組織あるいはカタクラサイト状組織を呈するものがあり、顕著な不連続的波動消光や双晶面のたわみ・キングバンドや機械双晶という変形岩・断層岩を特徴付ける組織が多いこと、が明らかとなった。以上のような土器胎土の特徴から、その材料として断層内物質が用いられた可能性がきわめて高いと考えられ、胎土材料としては他の材料を考えることは困難である。その産地としては、岩石学的・地質学的特徴から生駒山地西麓を走る生駒断層の破砕帯が最も可能性が高いものとしてあげられる。

キーワード

縄文土器、胎土材料、断層内物質、変形組織

電子顕微鏡写真6種
図版1カタクラサイト状組織の粒子(胎62深鉢胎土の偏光顕微鏡写真、直交ニコル)
図版2微角れき状組織(胎83深鉢胎土の偏光顕微鏡写真、解放ニコル)
図版3石英粒子のジグソーパズル状波動消光(胎85深鉢胎土の偏光顕微鏡写真、直交ニコル)
図版4斜長石粒子の双晶面のたわみ(胎84深鉢胎土の偏光顕微鏡写真、直交ニコル)
図版5斜長石粒子のキンクバンド(胎83深鉢胎土の偏光顕微鏡写真、直交ニコル)
図版6斜長石粒子の機械的双晶(胎84深鉢胎土の偏光顕微鏡写真、直交ニコル)

 topic2

「塩」が入っていた!
-小さなタイムカプセルその後-

以下みはらしから抜粋
服部 哲也(1998)
みはらし(名古屋市見晴台考古資料館報),No.196, 2-3.

自然科学分析の目的

1997年9~10月に調査をしました中区の伊勢山中学校遺跡(古墳時代~古代の集落跡)から、約1500年間密閉された須恵器蓋杯 (古墳時代後期の蓋付のお椀)が出土しました。 中には石製の小さな玉6個と加工の無い小石約130点が入っていましたが、その他は内面底に1ほど付着した土だけでした。 その状況から石以外の内容物は無かったと調査当初は考えたのですが、約1500年間密閉された状況であることを考慮し、 念の為にそのわずかな土の分析を試みることとしました。

蓋杯の中身(臼玉・小石と、分析を行った杯内に付着する土)
蓋杯の中身(臼玉・小石と、分析を行った杯内に付着する土)
すなわち、現在見えている石以外の内容物が無かったかを最終的に確認するため、科学的な分析を用いることとしたのです。 分析にあたっては専門の知識と測定機械が必要なため、(株)パレオ・ラボに依託しました。以下、分析の内容と結果は、 (株)パレオ・ラボの藤根久・松葉礼子さんからの報告によります。

分析の経過と結果

まずは付着した土の科学組成を調べるため、蛍光X線分析という方法を用いました。その結果イオウや 鉛などが明瞭に検出されました。一般にイオウや亜鉛は淡水成粘土などでは含有量は低く、海成粘土中に多いことが知られていましたので、この時点で「海に 関連するもの」が入っていた可能性が出てきたのです。そこで、予定にはなかったのですが、付着した土の中の珪藻化石(けいそうかせき)も調べてみることとしました。 珪藻とは水のあるあらゆる場所で生息する単細胞の植物プランクトンですが、その水の環境によって細かく棲み分けていることに特色があります。しかも、体全体が珪酸質の丈夫な殻で覆われ死後も保存されますので、発掘調査と並行して調べることにより、遺跡をとりまいていた古環境の復元に多大な成果をあげてき ました。今回の場合も密閉された須恵器内から海水に生息する珪藻を見つけることができれば、須恵器の中に「海のもの」が入っていたことを確認できるのです。

結果は予想以上のものでした。すなわち「海水に生息する珪藻」のみならずもっと具体的に「海草や海藻などに付着する珪藻」 がたくさん見つかったのです。須恵器の中には海草が入っていた!。でも、あのモジャモジャした海草が入るスペースないんだけれど・・・。 その答はすぐにみつかりました。珪藻化石から古環 境を復元する第一人者の森勇一さんが、 すでに松崎遺跡出土の製塩土器の中から今回見つかった珪藻を発見していたのです。 つまり藻塩法(海草を利用する土器 製塩法)で作った塩の中には「海草や海藻などに付着する珪藻」がたくさん含まれていることが 分かっていたのでした。

検出された藻に付着する珪藻
検出された藻に付着する珪藻

こうして須恵器の中に含まれた「海のもの」は、藻塩法でつくられた「塩」である可能性を最も高く考えることができました。現在見ることのできない「塩」を自然科学分析により明らかにできたことは大変な成果と言えましょう。

:森勇一「松崎遺跡における古代製塩法について」『松崎遺跡』 (財)愛知県埋蔵文化財センター 1991年

祭祀の場における塩

ところで「塩」といえば、生きていくうえで欠くことのできない食品ですが、一方では不浄やケガレを払ったり、寄せつけない道具として使われていることもご存知でしょう。お店の門口に塩を盛る盛塩(もりじお)、大相撲で土俵に撒かれる清めの塩、葬儀参列者に配られる清めの塩など身近なところでも多く見ることが できます。勿論、神道の祓(はらえ)を行う用具の中にも塩湯(しおゆ・えんとう)というものがあり、吉川弘文館の国史大辞典によれば、「罪穢を祓い清める具。・・・略・・・修祓(しゅばつ)の儀に用いられる。その用法は土器にて堅塩(かたしお)を湯に和し、これを榊の小枝にてそそぐ。塩を用いるのは、伊佐 奈伎命が檍原(あはぎはら)で身滌(みそぎ)をしたことによる。湯を用いるのは、塩をやいて製するときの火の穢を、清火でわかした湯で和し清めるためである。(沼部春友)」となっています。 臼玉6個・小石約130個入りの須恵器蓋杯を、先の館報では祭祀に使われた道具ではないかと推定しましたが、さらに「塩」が入っていたことで、ますますその可能性が高まったと言えます。盛ったか?撒いたか?湯にとかしたか?その具体的な使用法はわかりませんが、塩を使って清めや祓を行っている古墳時代の人々の姿を、想像してみるのも楽しいものです。

おわりに

「塩」は考古遺物として残りに くいものです。そのため、現在の考古学では石製模造品や手づくね土器などの祭祀遺物と、塩を作った土器(製塩土器)がいっしょに出土した場合のみ、祭祀に塩が使われた可能性を推定するにとどまっていました。今回の須恵器蓋杯内にも塩が入っていようとは全く想像もしませんでしたが、自然科学分析の結果、古墳時代の祭祀に塩が使われていた確かな事例として明らかにすることができました。自然科学との協力の重要性をあらためて感じます。