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トピック 2


「塩」が入っていた!
-小さなタイムカプセルその後-

服部 哲也(1998) 
みはらし(名古屋市見晴台考古資料館報),No.196, 2-3.

 

以下みはらしから抜粋

自然科学分析の目的

蓋杯の中身(臼玉・小石と、分析を行った杯内に付着する土)

1997年9~10月に調査をしました中区の伊勢山中学校遺跡(古墳時代~古代の集落跡)から、約1500年間密閉された須恵器蓋杯(古墳時代後期の蓋付のお椀)が出土しました。中には石製の小さな玉6個と加工の無い小石約130点が入っていましたが、その他は内面底に1ほど付着した土だけでした。その状況から石以外の内容物は無かったと調査当初は考えたのですが、約1500年間密閉された状況であることを考慮し、念の為にそのわずかな土の分析を試みることとしました。すなわち、現在見えている石以外の内容物が無かったかを最終的に確認するため、科学的な分析を用いることとしたのです。

分析にあたっては専門の知識と測定機械が必要なため、(株)パレオ・ラボに依託しました。以下、分析の内容と結果は、(株)パレオ・ラボの藤根久・松葉礼子さんからの報告によります。

 

 

 

 

分析の経過と結果

まずは付着した土の科学組成を調べるため、蛍光X線分析という方法を用いました。その結果イオウや 鉛などが明瞭に検出されました。一般にイオウや亜鉛は淡水成粘土などでは含有量は低く、海成粘土中に多いことが知られていましたので、この時点で「海に 関連するもの」が入っていた可能性が出てきたのです。そこで、予定にはなかったのですが、付着した土の中の珪藻化石(けいそうかせき)も調べてみることとしました。

珪藻とは水のあるあらゆる場所で生息する単細胞の植物プランクトンですが、その水の環境によって細かく棲み分けていることに特色があります。しかも、体全体が珪酸質の丈夫な殻で覆われ死後も保存されますので、発掘調査と並行して調べることにより、遺跡をとりまいていた古環境の復元に多大な成果をあげてき ました。今回の場合も密閉された須恵器内から海水に生息する珪藻を見つけることができれば、須恵器の中に「海のもの」が入っていたことを確認できるのです。


検出された藻に付着する珪藻

結果は予想以上のものでした。すなわち「海水に生息する珪藻」のみならずもっと具体的に「海草や海藻などに付着する珪藻」がたくさん見つかったのです。須恵器の中には海草が入っていた!。でも、あのモジャモジャした海草が入るスペースないんだけれど・・・。その答はすぐにみつかりました。珪藻化石から古環 境を復元する第一人者の森勇一さんが、すでに松崎遺跡出土の製塩土器の中から今回見つかった珪藻を発見していたのです。つまり藻塩法(海草を利用する土器 製塩法)で作った塩の中には「海草や海藻などに付着する珪藻」がたくさん含まれていることが分かっていたのでした。

こうして須恵器の中に含まれた「海のもの」は、藻塩法でつくられた「塩」である可能性を最も高く考えることができました。現在見ることのできない「塩」を自然科学分析により明らかにできたことは大変な成果と言えましょう。

 

祭祀の場における塩

ところで「塩」といえば、生きていくうえで欠くことのできない食品ですが、一方では不浄やケガレを払ったり、寄せつけない道具として使われていることもご存知でしょう。お店の門口に塩を盛る盛塩(もりじお)、大相撲で土俵に撒かれる清めの塩、葬儀参列者に配られる清めの塩など身近なところでも多く見ることが できます。勿論、神道の祓(はらえ)を行う用具の中にも塩湯(しおゆ・えんとう)というものがあり、吉川弘文館の国史大辞典によれば、「罪穢を祓い清める具。・・・略・・・修祓(しゅばつ)の儀に用いられる。その用法は土器にて堅塩(かたしお)を湯に和し、これを榊の小枝にてそそぐ。塩を用いるのは、伊佐 奈伎命が檍原(あはぎはら)で身滌(みそぎ)をしたことによる。湯を用いるのは、塩をやいて製するときの火の穢を、清火でわかした湯で和し清めるためである。(沼部春友)」となっています。

臼玉6個・小石約130個入りの須恵器蓋杯を、先の館報では祭祀に使われた道具ではないかと推定しましたが、さらに「塩」が入っていたことで、ますますその可能性が高まったと言えます。盛ったか?撒いたか?湯にとかしたか?その具体的な使用法はわかりませんが、塩を使って清めや祓を行っている古墳時代の人々の姿を、想像してみるのも楽しいものです。

 

 

おわりに

「塩」は考古遺物として残りに くいものです。そのため、現在の考古学では石製模造品や手づくね土器などの祭祀遺物と、塩を作った土器(製塩土器)がいっしょに出土した場合のみ、祭祀に塩が使われた可能性を推定するにとどまっていました。今回の須恵器蓋杯内にも塩が入っていようとは全く想像もしませんでしたが、自然科学分析の結果、古墳時代の祭祀に塩が使われていた確かな事例として明らかにすることができました。自然科学との協力の重要性をあらためて感じます。

 

 

:森勇一「松崎遺跡における古代製塩法について」『松崎遺跡』 (財)愛知県埋蔵文化財センター 1991年